清水希容の学歴を確認!出身高校はどこ?大学は偏差値57の関西大学!

清水希容選手といえば、東京オリンピックの空手「形」競技で見事銀メダルを獲得しましたね!

清水希容選手はその空手の実力のみならず、その美貌で注目を集めています。

そんな清水希容選手ですが、どのような学生時代をすごしてきたかが気になる方も多いと思います。

今回は、清水希容さんの学歴について調査しました!ぜひ、最後までご覧ください。

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清水希容の学歴を確認!出身中学は?

大阪府出身の清水希容選手は、小学3年生のときに兄の影響で空手をはじめます。

兄が通っていた空手道場には女性が多く、その先輩たちに憧れて、「やってみたい」と自分からやり始めたそうです。

小学生時代は一度も大会に出たことがありませんでしたが、見えない相手に対し、技を仕掛けるのがとても楽しかったそうです。

清水希容選手が兄と通っていた道場は、「糸東流(しとうりゅう)空手道養秀館」です。

専用の道場よりも、地域のコミュニティセンターで練習を重ねてきました。

大阪市立住之江小学校小学校卒業後、大阪市立真住中学校に進学します。

中学では部活に入らず、学校が終わったらすぐに空手道場に行って稽古するという毎日を過ごしました。

そんな努力が実り、中学3年生のときには全国大会3位という輝かしい成績を残しています。

小学生までは「勝負にこだわり過ぎず、習い事という感覚で空手を楽む」というスタンスだった清水さんでしたが、中学生になって大会に出場する内に多くのライバルと出会い、次第に勝ち負けを意識するようになったとインタビューで話しています。
ただし中学時代は全国3位の壁を超えられなかったことから、空手の強豪校に進学して全国優勝を目指すことを決意しています。
芸能人学歴.comより引用

清水希容選手は空手に熱中しましたが、兄は空手を辞めてしまったそうです。

清水希容の出身高校はどこ?エピソードも!

中学卒業後、清水希容選手は大阪府東大阪大学敬愛高校(偏差値40~43)に進学しました。

この学校は、1940年に開校された私立高校で、空手部、柔道部、陸上部が強豪校としても知られています。

また同校は以下の3つのコースを設置していますが、清水さんがどのコースに在籍したかは不明です。

同校には調理・製菓(偏差値43)、こども教育(偏差値42)、総合進学(偏差値40)という3つのコースがありますが、清水希容選手がどのコースに進学したかは不明です。

「母と「日本一を取る」と約束して入学した。高校3年間で日本一になれなかったら学校を辞めて働くくらいの覚悟を持っていた」
Yahooニュースより引用

清水希容選手は高校で日本一をとるため、空手部にて部活動に励みました。

空手部の練習はかなりハードで、上下関係も厳しく、色々なつらい思いをしながらも、成長につながったといいます。

「精神面、肉体面、いろんな面で学ばせてもらった。上下関係が徹底され、中学までとは雰囲気は全く違った。先輩の前では笑ってはいけないなど、細かいルールがあった。1年生の時は何もかも先輩よりも早くやらないといけないので、毎朝5時10分の始発電車に乗り、朝練のために道場の掃除をしていた。
入学した頃は体重43キロほどで「体重を増やしなさい」というのが先生からの最初の指示。「増やさなければ、メンバーに入れられない」という感じだったの
で、必死だった。10キロ増を目標に、授業が終わるごとにおにぎりなどを食べていた」
スポーツ報知より引用

清水希容さんは高校入学まで、とても華奢な体型だったため、母のサポートのもとに必死に増量したそうです。

入学当時はさほど目立った選手ではなかった清水希容さんですが、強豪校で必死に練習を積み重ね、ついにその才能が開花します。

高校2年生で優勝候補になるも、インターハイ3位という結果となり、清水希容さんの意識が変わったそうです。

準決勝で集中力を欠いてしまい、先生には「情けない試合」といわれ、清水希容さんの中で節目となる大きな出来事だったそうです。

そして、高校3年生のインターハイでは、優勝できなければ空手をやめるつもりだったそうです。

「3年生のときに高校最後のインターハイで優勝することができました。この大会では、「勝てなかったら空手はやめる」と自分にプレッシャーをかけ、両親にも優勝すると宣言して、もし負ければ高校も中退するくらいの勢いでした」
スポーツ報知より引用

清水希容さんはもともと空手は高校までのつもりでで、高校を卒業したら就職する予定でしたが、インターハイで優勝したことで自信がつきます。

そのため、シニアの大会に出場するべく大学進学を決意するのです。

清水希容の出身大学は偏差値57の関西大学?

高校卒業後、清水希容さんは、関西大学文学部(偏差値57)に進学しました。

空手のスポーツ推薦で進学を決めたそうで、高校のときに慕っていた先輩が、空手部に所属していたことが決め手でした。

関西大学空手部は、創部70年という歴史ある部活で、長期にわたり伝統を維持している強豪空手道部です。

清水希容さんは関西大学の文学部に在籍し、アジア文化を学んでいました。

大学時代はすべてを空手に捧げる!と決意し、日々練習に励んでいました。

「おしゃれやお出掛けを楽しむ友人をうらやましく思う時もあったが、私は「全てを空手にささげる」と決めていた。練習時間を確保するために授業を組んで、授業の合間も部室などで練習していた」
Yahooニュースより引用

関西大学空手道部へ入部した清水希容さんは、大学2年生から全日本空手道選手権大会を3連覇します。

その後、2019年まで全日本選手権を7連覇するという快挙を成し遂げました。

大学2年生の全日本選手権では最大のライバルが大学の先輩だったそうで、とても印象に残っているそうです。

さらに大学3年生のときには、世界選手権で初優勝をしています。

「空手は大学まで」と決めていた清水希容さんですが、この優勝で卒業後も競技を続けることを決めました。

「決勝の「あの舞台」が病みつきになった。大学までで空手はやめて子どもの頃からの夢だった警察官になろうと思っていたが、もう一度世界一を取りたいという思いになった。形には人生観や経験がにじみ出る。生半可な気持ちで立てる舞台ではないので、後悔がないよう自分の道を歩もうと思っている」
Yahooニュースより引用

2014年には、仁川アジア大会と世界選手権大会において金メダルを獲得し、空手界のトップに君臨します。

また、その美貌から、「空手界の綾瀬はるか」と呼ばれるようになり、男性ファンも多く獲得するようになります。

大学卒業後、清水希容さんはミキハウスに所属し、数々のタイトルを獲得しました。

そして、23歳のときに、東京オリンピック空手種目の実施が決定し、清水希容さんは「身が震えた」と話していました。

東京オリンピックでは、惜しくも金メダルに届かなかったものの、銀メダルという輝かしい成績を残しました。

まとめ

今回は、清水希容さんの学歴について、紹介しました。

小学校~大学まで関西の学校に進み、小学3年生のときから空手に打ち込んできました。

高校時代から頭角を現し、大学では世界選手権で優勝するなど輝かしい成績を残しています。

これからもますます活躍していってほしいですね!最後まで御覧いただきありがとうございました。

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