平野歩夢の出身は新潟県村上市!実家は居酒屋?住所も確認!画像

平野歩夢さんといえば、ソチオリンピックでの大活躍で、一躍スノーボード界のエースになりましたよね。

当時はまだ中学生でしたが、22歳になった今でもその進化は続き、東京オリンピックではスケートボードでのメダル獲得が期待されています。

そんな平野歩夢さんですが、出身地や実家が気になる方も多いのではないでしょうか。

今回は、平野歩夢さんの出身地について、調査しました!ぜひ最後まで御覧ください。

スポンサーリンク

平野歩夢の出身は新潟県村上市!エピソードも

平野歩夢さんは、新潟県村上市出身です。

父がつくった日本海スケートパークで、4歳から練習をしてきました。新潟県はスキー場はたくさんありますが、ハーフパイプ施設はなかったそうです。

平野歩夢さんは幼いころ、福島県南会津町にある『会津高原南郷スキー場』や、山形県小国町にある『横根スキー場』へ遠征し、練習していたそうです。

出身小学校は村上市立村上南小学校なので、実家はこの付近という事になりますね。

両親と兄、弟の5人家族のもと育ち、兄の英樹さん、弟の海祝さんもスノーボード・スケートボードの二刀流選手です。

父親は息子たちにスケートボードを教えるために、800万円かけて老朽化していた体育館を改修し、スケートパークをつくりました。

兄の影響でスノーボードとスケートボードを始めた平野歩夢さんは、最初は遊び半分でやっていました。

しかし、めきめきと上達し、スノーボードに打ち込むようになります。

小学生ですでに頭角を現し、小学4年生ので大手スノーボードメーカーの「バートン」とスポンサー契約をしています。

小学生で国際大会にも出場し、地元ではかなり有名な選手でした。

まだ10歳で国際大会に出たり、大手メーカーと契約を結んでいるというのは、かなり光るものがあったのでしょうね。

中学に進んでからも進化は止まらず、2011年、2012年で全米オープンのジュニアジャム連覇を成し遂げています。

平野歩夢の実家は居酒屋?噂の真相を徹底調査!

父の平野英功さんは、「日本海スケートパーク」を設立し、「日本スケートボーディング連盟」の副代表理事も務めています。

息子たちの指導のみならず、スケートボードの普及にも尽力しています。

母は特にスポーツはしていないようですが、日本海スケートパークのキッズ部門を担当したり、練習中の平野歩夢さんらのサポートをしています。

兄の平野英樹さんは、スノーボードの選手として活躍しています。

幼いころの平野歩夢さんは、兄をライバル視していたようですね。兄がいなかったら、今の活躍はなかったでしょう。

平野歩夢さんは、幼少期からスノーボードとスケートボードの二刀流をこなしてきました。

スケートボードも超一流で、「スケートボードのトレーニングはスノーボードの土台になっている」と話していました。

日本ローラースポーツ連盟の平沢勝栄会長は、「平野歩夢氏はスケートボードで東京オリンピックを目指す」と話していましたから、まさにその言葉通りになりましたね!

父の平野英功さんは、地元にあるボロボロの体育館を借りて、スケボーパークを作っています

最初は天井は崩壊していますし、電気も通っていない廃墟のような体育館だったそうですよ。

もともと父は22歳のときに公務員を辞めて、サーフショップを設立したほどのバイタリティです。

体育館を修繕するために800万円もの借金をして、経済的にはかなり厳しかったそうです。そこで、昼は運転手をしたり、夜は居酒屋で働いていたようです。

実家は現在も「波具 (居酒屋 BAGU)」を経営しているそうで、以下がお店の詳細になります。

新潟県村上市瀬波温泉2-5-26

日本海東北自動車道「村上瀬波温泉IC」から車で約11分

JR羽越本線「村上駅」から車で約10分
村上の地酒「〆張鶴」「大洋盛」、旬の食材、村上十割そばの海鮮居酒屋です。
新潟・村上の「おいしい」をお召し上がりください。
食べログより引用

地元ではあの平野歩夢さんの実家!ということで、有名だそうです。ぜひ訪れてみたいですね。

平野歩夢の実家の住所はどこ?調べてみた!

平野歩夢さんの実家は居酒屋を経営しているということですが、実際にそこに家族が住んでいるかは不明でした。

もし実家と併設されていれば、「村上市瀬波温泉2-5-26」が実家の住所ということになりますね。

村上市は新潟県北部にあり、日本海に面した小さな町となっています。

雪国で生まれ育った平野歩夢さんが、プロのスノーボーダーとして活躍しているのには運命的なものを感じますね。

とても自然が豊かなエリアで、雪もかなり降りますが、豪雪地帯というほどではないそうです。

そのため、冬季オリンピック選手を育てるような環境を整えるのは、少々難しいといいます。

そのため、父は「日本海スケートパーク」を設立し、息子たちの指導に専念してきました。

平野歩夢さんは幼いころ、福島県会津高原南郷スキー場などに遠征にいっていたのですが、村上市からはかなり距離があります。

父は宿泊費を浮かせるため、1週間車中泊をして、遠征に向かっていたそうです。

また、スケボーの練習場はスノボー以上に無く、東京まで遠征する必要がありました

ただの練習でも頻繁に東京に行くとなると、かなりの費用が必要になりますね。

そのため、実家付近でも練習できるように、日本海スケートパークを設立したそうです。

住所:新潟県村上市瀬波温泉3-4-10

使用可能時間:水曜日以外の午後1時~午後9時

定休日:毎週水曜日

Googleより引用

日本海スケートパークは村上市瀬波温泉街にあり、全天候型の屋内大規模スケートパークです。

室内なので雨でもできますし、巨大バーチカルがあるので県外からもライダーが訪れます。

上級者のみならず、キッズスケーターや初心者も多く訪れるそうですよ。

いまでは全国スケートボードイベントや、コンテストの会場としても活用されています。

平野歩夢選手もオフのときはここで練習をおこないますので、ファンは直接会えるチャンスかもしれませんね。

オリンピックに向けてさらに拡大リニューアルするそうで、ますますお客さんが増えそうですね。

まとめ

今回は、平野歩夢さんの出身地について、紹介しました。

新潟県村上市にあるスケートボードパークが実家で、父が設立したこの設備で練習してきたようですね。

実家は居酒屋も経営しており、息子たちを育て上げた父の苦労が分かりますね。

これからの活躍も期待したいですね!最後まで御覧いただきありがとうございました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です