斎藤工の学歴まとめ!出身高校は偏差値44の日本学園?中学・大学も確認!

斎藤工さんといえば、大人の気を醸し出す俳優として、男女問わず人気を集めていますね。

俳優以外にも、映画監督やモデル、デザイナーとマルチに活躍しています。

そんな斎藤工さんですが、どのような学生時代を過ごしてきたかが気になりますよね。

今回は、斎藤工さんの学歴について、調査しました!ぜひ最後まで御覧ください。

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斎藤工の学歴まとめ!出身中学はどこ?エピソードも!

斎藤工さんは、東京都にある東京シュタイナーシューレ(現シュタイナー学園初等部)出身です。

私立の共学校となっており、斎藤工さんが通っていたころは東京都三鷹市にあったのですが、現在は神奈川県の相模原市に移転しています。

この学校は特殊なシュタイナー教育を実践しており、教科書を使わず、テストによる評価もおこなわないという教育です。

点数など競争に勝つことよりも、興味を引き出して知識を深めることに重きを置いており、とてもユニークな教育法です。

教科書がないので自分で先生の話ノートに書きこみ、「自分だけの教科書」を作っていくそうです。

まだ斎藤工さんが在籍していたときは、シュタイナー教育の認知度も低く、同級生がわずか7人だったそうです。

「僕はシュタイナースクールという7年制の学校に通っていました。田植えとか家を作るとか、体験を通じて感性を育むという授業でその当時はちょっと嫌でしたけど、今思うと素晴らしい学校だと思います」
デイリーnewsより引用

斎藤工さんの家族構成は、両親と2歳年上の姉の4人家族となっています。

斎藤工さんは小学6年生の3学期に、サッカーの強い公立中学校に入学するため、シュタイナー学園から転校しています。

「勉強方法は全然違ったし、点数をつけられてランキングで評価されることも今までなかったこと。単純にクラスの人数が多いということだけでも大きな変化でした。シュタイナー学校の時代は少人数で全員とのコミュニケーションが密だったし、それぞれの家庭との関係も深く、全員が家族みたいだった。それが、一定の距離を置いた付き合いが普通になるわけです」
デイリーnewsより引用

また、斎藤工さんの父親が映画配給会社「東北新社」に勤めていたこともあり、幼いのころから映画を観に行くことが日常だったそうです。

父親に連れられ、姉とともに週2~3回映画館に行くこともあったそうです。

また、小学生のときはサッカー、柔道、合気道なども習っていました。

中でもサッカーはがっつりハマっていたそうで、Jリーグの横浜Fマリノスの大ファンだったといいます。

小学校卒業後、斎藤工さんは、東京都世田谷区立梅丘中学校に進学しました。

サッカーのためにこの中学校を選んだそうで、東京都の中でもサッカー部が強豪となっています。

現在でも区大会上位に進出するほどの強豪校で、斎藤工さんも中学時代はサッカー部に入りました。

同時に映画製作にも興味がわいて、中学生ですでにシナリオを書いていたそうです。

父の職場である映画の撮影現場も見学していました。父に勧められてヤクザ映画「仁義なき戦いシリーズ」が、今の俳優・斎藤工さんを作っているといいます。

「僕の中学時代はサッカー部で毎日部活だったし、高校は男子校。甘酸っぱい思い出といえば、女の子と一緒に帰るのが最大のイベントでした(笑)。多感な時ということもあり、ひとつひとつの記憶を鮮明に覚えている。“下駄箱の前で憧れの先輩と話したな”とか、そんな些細なことに敏感になる時期は貴重だなって思います」
週刊朝日より引用

斎藤工さんほどのイケメンであれば、中学校のときからモテモテだったでしょうね!

斎藤工の出身高校は偏差値44の日本学園?噂の真相を徹底調査!

中学卒業後、斎藤工さんは東京都日本学園高校(偏差値47)に進学しました。

1885年開校の伝統校で、かつて名門進学校と言われていました。

放送作家の高田文夫さんや、タレントの太川陽介さんの母校でもあります。

高校時代の斎藤工さんは、女子のことばかり考えていて、ホットドックプレスを愛読していたといいます。

また当時、映画のヒロインにリアルに恋をしていたそうです。男子校だったため、二次元の女性のほうが身近だったようですね。

高校時代から映画業界を目指すようになり、まずは俳優になろうと思いたちます。

「幼い頃から映画が好きで、将来は映画業界で働きたいと思っていました。いきなり作る側を目指すのではなく、役者を経験してから監督になったほうがおもしろいと思い、役者を目指しましたが、やればやるほど自分がハマらないんです」
Yahooニュースより引用

俳優になるにはまずはモデルから始めようということで、高校1年生の時にモデル事務所に所属します。

当時は「TAKUMI」名義で、「メンズノンノ」「POPYE」といった有名雑誌に起用されるようになります。

ファッションショーにも出演していたのですが、その一方で沢木幸太郎さんの小説「深夜特急」に影響を受け、春休みにはバックパッカーとして一人放浪の旅に出ます。

パリや香港など10か国以上に足を運んだのですが、貧乏旅行だったので、旅費を稼ぐため現地でモデルオーディションを受けたこともありました。

また、旅先で荷物を全て盗まれてしまう被害にも遭ってしまいました。

安ホテルに泊まった際は、人相の悪い男たちが押しかけてきて、マフィア映画のような場面に遭遇してしまったそうです。

高校生でありながら衝撃的な体験をしたことから、「ある意味、今は余生」と話していました。

加えて斎藤工さんは、高校時代に10歳年上の女性と交際していたそうです。

同級生にはない大人の魅力を醸し出す女性で、刺激的で、かっこいいと思い、依存していたといいます。

そのため、高校時代は同級生との交流をおろそかにしていたそうで、見失うものもたくさんあったと話していました。

映画好きもどんどんヒートアップして、高校時代はレンタルビデオ店の作品を、「あ」から最後まで片っ端から見ていったそうです。

斎藤工の最終学歴を確認!大学には進学した?

高校卒業後、斎藤工さんは大学に進学していません。

最初は映画学校に進学しようと思っていて、願書も送ったのですが、父親から「映画は机の上で学ぶもんじゃない」「一刻も早く現場に出るべき」と言われます。

そのため、進学を辞めて、本格的に俳優を志しました。

代々木上原にある俳優養成所「伊藤正次演技研究所」に入所し、演技指導を受けます。

この研究所は俳優養成にかなり定評があり、賀来千香子さんや宇梶剛士さんらも通っていました。

斎藤工さんと女優の貫地谷しほりさんが同期で、映画「西遊記」で初共演となりました。

20歳で俳優デビューをしてからは順調にキャリアを重ね、33歳のときに出演した「昼顔」で大ブレイクとなります。

最初は、『時の香り リメンバー・ミー』『ビー・バップ・ハイスクール』など、個性的な役が多かったようですね。

ただし、驚くことに斎藤工さんは29歳まで新聞配達のアルバイトをしていたそうで、2015年の時点でもまだ新聞店に籍を置いていました。

大ブレイクとなってからはさすがに辞めているでしょうが、斎藤工さんほどの人がアルバイトをしていたというのは驚きですね。

まとめ

今回は、斎藤工さんの学歴について、紹介しました。

小学校は私立のシュタイナー学園に通っており、教科書のない特殊な教育を受けていたようですね。

高校卒業後は進学せず、俳優になったものの、29歳までアルバイトをしていたというのは驚きでした。

今後の活躍も楽しみですね!最後まで御覧いただきありがとうございました。

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