【動画】斎藤工がアカデミー賞で披露した英語が話題!語学の勉強法も確認

斎藤工さんといえば、数多くのドラマや映画、CMに出演し、多方面で活躍している俳優さんですね。

芸能人でも最近は英語が得意な人が増えてきていますが、実は斎藤工さんも英語がとても流暢だといわれています。

過去には英語でインタビューを受けたり、スピーチを披露していたようなんです。

今回は、斎藤工さんの英語力について調査しました!ぜひ、最後までご覧ください。

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【動画】斎藤工がアカデミー賞で披露した英語がすごいと話題!世間の声や評判を確認!

斎藤工さんは、ロサンゼルスのドルビー・シアターにておこなわれた世界最大の映画祭「第87回アカデミー賞」で、WOWOWのレッドカーペット・ナビゲーターをつとめました。

その際に披露した英語が、とても流暢だったと話題になっていたようです。

斎藤工さんは2015年にはアカデミー賞のナビゲーターを務めた際は、英語を話していませんでした。

しかし、2017年におこなわれたマレーシアの日本映画祭にて、英語のオープニングイベントに特別ゲストとして出席し、英語のスピーチを披露しました。

とても流暢な英語を話し、会場をおおいに盛り上げていたようです!

斎藤工さんの通っていた小学校が、シュタイナー教育という特別な教育方針で、英語を小学1年生~6年生まで教えているようです。

幼少期から語学学習をしている人や、大人から英語を勉強しはじめた人では、英語の発音にも大きな差が出てきますよね。

斎藤工さんは、小学校から高校まで、12年もの間英語を勉強してきました。

また、高校1年生の春休みには、フランス、タイなどの10カ国以上をバックパッカーで旅しています。

1人で海外をまわるなんて、高校生とは思えないほど行動力がすごいですよね。当然英語力も、そのときに培われたようです。

斎藤工の英語力を確認!

斎藤工さんは、シンガポール政府観光局主催の「シンガポール 新ブランド発表会」に出席し、18歳から親交のある写真家レスリー・キー氏とトークをおこないました。

斎藤工さんはシンガポール観光大使に任命され、広告ビジュアルを担当したのがレスリー氏だったそうです。

斎藤工さんは、シンガポール人のエリック・クー氏が監督した映画「Ramen Tah」で主演を務め、英語で撮影に臨みました。

同映画では歌手松田聖子(55)と共演した。「聖子さんはアジア圏で絶大な人気があって、スタッフさんはみんな日本語がわからなくても、聖子さんの歌は知っていた」と話し、「聖子さんは聡明(そうめい)で、語学が本当に堪能な方で、英語が母国語なんじゃないかなというぐらい流ちょうだった。日本の枠に収まらない、すごくすてきな方でした」と振り返った。
スポニチより引用

松田聖子さんが斎藤工さんの英語について、「母国語なのではないか」と思うほどぺらぺらだと話していたようです!

斎藤工さんは10代の頃にバックパッカーで世界を旅し、両親が放浪癖があることもあって、英語は幼い頃から堪能だったようです。

斎藤工さんは高校1年生の春休みに、バックパッカーでフランスやタイ、香港といった10か国以上を放浪しました。

一人で海外を放浪していたのですから、かなり英語力がつきそうですね。

斎藤工さんの両親は放浪癖があり、急にメキシコに行ったり、グアテマラに両親が住んでいたこともあるとか。

その血を受け継いでいる斎藤工さんも、思い立ったらふらっと海外に行くことがあるそうです。ぶっとんでますね(笑)

斎藤工の語学の勉強方法も確認!

斎藤工さんは、シュタイナー小学校1年生の時から、英語とドイツ語を習っていました。

父の仕事関係で、幼少期から頻繁に映画館に通っていたため、多くの映画を観て育ちました。

オーストラリアの哲学者・教育者の「ルドルフ・シュタイナー」が開発したシュタイナー教育。

「教育そのものが芸術行為」という理念のもと、知育偏向しないような全人教育を実践しています。

そのため、言語の教育は必要不可欠であり、英語とドイツ語の学習を小学1年生のときからおこなったようですね。

そして、6年生のときに公立の学校に転校するまで習っていたので、当時からかなり英語力が培われたのでしょう。

一般的には中学校から英語の教育が始まりますが、斎藤工さんは小学1年生から学んでいますし、ドイツ語も学習しました。

斎藤工さんが、ドイツ語を披露したことはないのですが、英語のように堪能かもしれませんね。

斎藤工さんが海外に興味を持ったのは両親の影響もありますが、高校時代にノンフィクション作家・沢木耕太郎氏の『深夜特急』に影響されたそうです。

インドのデリーから、イギリスのロンドンまでを、バス(特に路線バス、高速バスなどの乗り合いバス)だけを使って一人旅をするという目的で日本を飛び出し
た主人公「私」の物語であり、筆者自身の旅行体験に基づいている。
当初は日本からデリーまで直行してしまうつもりだったが、途中2か所のストップオーバーが認められる航空券を手にした私は香港とバンコクを選び・・・、様々な人々と事件に出会いながらロンドンを目指す。
wikipediaより引用

この旅行記は昔大流行し、いまでもバックパッカーのバイブルとされているようです。

斎藤工さんは高校生のときに、バックパッカーーとして旅費を稼ぐため、モデルの仕事を始めたみたいですね。

稼いだ旅費でバックパックでフランスやイタリア、タイ、香港といった国を訪れました。

小学校から英語を学んでいたので、旅で困らないくらいの英語の基礎はあったでしょう。さらに旅先ではいやでも英語を使わなければいけませんから、自然に身についたのでしょうね。

まとめ

今回は、斎藤工さんの英語力について、紹介しました。

小学1年生のときから英語とドイツ語を学んでおり、とても流暢な英語を話すことができます。

また、両親の影響で海外にも興味をもち、高校時代にバックパッカーとして世界を旅したことがあるようです。

これからもますます活躍していってほしいですね!最後まで御覧いただきありがとうございました。

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